贋者(ニセモノ)
二百九十七本。 ある男の家から押収された、わいせつ動画の数だ。一本に一人ずつ、二百九十七人の女が映っている。全員、別人。全員、すでに身元が割れている。 だが、確認に当たった捜査員は、誰からも同じ言葉を返される。 「これは私ではな…
あらすじ
二百九十七本。
ある男の家から押収された、わいせつ動画の数だ。一本に一人ずつ、二百九十七人の女が映っている。全員、別人。全員、すでに身元が割れている。
だが、確認に当たった捜査員は、誰からも同じ言葉を返される。
「これは私ではない」「撮られた記憶がない」「その場所に、行ったこともない」――と。
画像解析も、声紋も、本人だと告げている。なのに、本人が、本人ではないと言い張る。二百九十七人、ひとり残らず。
取調室で、男――モリタは、ただ穏やかに微笑むだけだ。問い詰めても、はぐらかし、関係のない「夢の話」を始める。ところが、その夢のとおりのことが、現実に起き始める。まだ世に出ていないはずの映像が、夢の翌日、世界へと拡散していく。
担当刑事の大塚は、男と向き合い続ける。その一方で、署では――同僚の、家族の、見知らぬ誰かの「ありえない動画」が、次々と現れる。人々の日常が、内側から、静かに壊されていく。
なぜ、本人が否定する映像が存在するのか。誰が、どうやって撮ったのか。男は、何を知っていて、何を企んでいるのか。
答えは、どこにもない。ただ、男は、笑っている。
取調室の対話と、暴かれていく動画。やがて二つが交差したとき、これを読むあなたの足元もまた、静かに崩れ始める。