最終電車の隣の席
あらすじ
中央線の下り最終電車、23時46分。車両の端の三人掛けに、毎晩同じ女が座っている。ハニーベージュのセミロング。ジェルネイル。パンスト。ココナッツの匂い。
一席空けた距離。名前も知らない。声を聞いたこともない。ただ、毎晩あの匂いだけが、席ひとつぶんの距離を越えてくる。
それが3ヶ月続いた、5月の金曜日──信号トラブルで電車が止まった。冷房が落ちた。車両には、二人きり。
初めて聞いた声は、ギャルだった。饒舌で、テンポが速くて、語尾が跳ねる。黙っていると不安だから喋り続ける──そういう声だった。
密閉された車両の中、体温と匂いが溶け合っていく。ココナッツの甘さが剥がれて、その下の──本当の匂いが、暴かれていく。
あれだけ饒舌だった言葉が、ひとつずつ消えていく夜。